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東京地方裁判所 昭和49年(タ)51号 判決

原告 甲山春子 外一名

被告 東京地方検察庁検事正 高瀬禮二 〔人名一部仮名〕

主文

一  原告らがいずれも本籍朝鮮慶尚南道○○郡△△△×××亡金五礼の子であることを認知する。

二  訴訟費用は国庫の負担とする。

事実

一  原告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因として次のように述べ、立証として甲第一ないし第八号証、同第九号証の一・二、同第一〇号証を提出し、証人金光顕(第一・第二回)、同甲山秋子(第一・第二回)の各証言及び原告甲山春子尋問の結果を援用した。

(一)  本籍東京都○○区△△×丁目××番地訴外甲山秋子(以下秋子という)は、昭和二五年暮ころから訴外金五礼(本籍は主文記載のとおり、以下金という)と原告の肩書住所において同棲して内縁関係を結び、右金の子を懐妊して、昭和二八年一一月二〇日、原告甲山春子を、昭和三二年六月一二日、原告甲山夏子を出産し、原告らは、秋子の戸籍に非嫡出子として入籍した。

(二)  金は、原告らを我が子として愛育し、認知の手続をする準備をしていたが、これを果たさないまま、昭和四七年二月一九日死亡した。よつて、原告らは、検察官を被告として、原告らが亡金五礼の子であることの認知を求める。

(三)  なお、金は終戦前に来日し、戦後は朝鮮民主主義人民共和国の支持団体である在日本朝鮮人総聯合会(以下朝鮮総連という)に所属していたものであるところ、今日の朝鮮半島における朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国との法秩序の対立状態を考慮すると、在日朝鮮人については右いずれかの国に対する本人の帰属意思を基準として本国法を決定するのが相当であり、金の帰属意思を考慮すると同人の本国法は朝鮮民主主義人民共和国の法律と解すべきである。ところで、同国における認知に関する法律は不明であるので条理によるべきところ、同国と同じ法系の社会主義諸国の法律は強制認知を認め、嫡出子と非嫡出子の間の一切の差別を否定しているのであるから、父の死後においても認知請求は許されるものと解すべきである。

二  被告は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、「請求原因事実は知らない。」と述べ、甲第三、第四号証、同第六、第七号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

一  その方式及び趣旨によりいずれも公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一・第二号証、証人甲山秋子(第二回)の証言により真正に成立したことが認められる甲第六・第七号証、証人金光顕(第一回)、同甲山秋子(第一回)の各証言並びに本件弁論の全趣旨を総合すると、請求原因事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  子の認知の要件は、法例第一八条第一項により、認知の当時の各当事者の本国法によつて定めるべきものとされており、死亡者に対する認知については、最後の本国法すなわち死亡当時の本国法によるものと解される。

そこで、以下父である金の死亡当時の本国法について考える。

現在朝鮮半島は、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国とに分裂し、それぞれその支配領域にのみ実効性を有する異なる法が施行されているうえ、両国家ともすべての朝鮮人が、それぞれ自国の国籍を有するものと主張している。ところで、国籍の決定については、原則として各国が独自に決定するという建前が、国際法上認められているので右の観点に立脚すると、朝鮮人は、すべて大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国との二重国籍を有するものということができるが、未承認国を含めた国籍抵触は、もつぱら政治的理由に基づくものであり、法例第二七条第一項の規定が本来予想する場合ではないから、このような場合には、同法条の本国法主義の趣旨に照らし、当事者の住所、居所、過去の住所、本籍等客観的要素、さらに当事者の意思などすべての事情を総合考慮して、当事者の身分関係と右いずれの国がより密接な関係を有するかという観点に立脚してこれを定めるべきであつて、法廷地国である日本国が国際法上その国家を承認しているか否かは問わないものと解するのが相当である。

証人甲山秋子の証言(第二回)により真正に成立したことが認められる甲第八号証、証人金光顕(第二回)、同甲山秋子(第二回)の各証言及び原告甲山春子尋問の結果によれば、金は、現在大韓民国の支配領域に属する朝鮮慶尚南道○○郡で生まれ本籍を同郡△△△×××と定め、昭和八、九年ころ来日して以来日本に居住し、戦後、朝鮮総連に加入し、朝鮮総連の学習会に参加し、朝鮮総連の分会の役員をしていたこと、金の両親はすでに死亡し、兄弟は日本に居り、本籍地にはいとこなど親類が多いが、来日以来これと付合はなく、朝鮮には一回も帰つたことがないことが、それぞれ認められる。

ところで、右認定のように朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国との分裂以前から日本に居住していた金の本国法としては、その帰属意思に反し、過去の住所や本籍地をもつて本国法決定の要素とするのは妥当でなく、金の帰属意思は、朝鮮民主主義人民共和国にあるものと解されるから、結局、金の本国法は同国の法律であると解するのが相当である。

三  従つて、本件では、子である原告らについては、その本国法である日本民法により、父である金については、その本国法である朝鮮民主主義人民共和国法によるべきところ、我が国の民法上本件認知が認められることは明白であるが、朝鮮民主主義人民共和国の認知に関する法律は当裁判所に明らかではない。このような場合、法例の準拠法指定の趣旨に添つてその内容を探求すべきところ、本件においては、過去の日本統治下の朝鮮における認知の制度や大韓民国法のそれをもつて政治的経済的体制を異にする朝鮮民主主義人民共和国の認知制度を推し計ることは妥当ではなく、むしろ同国と同じ社会主義的法類型に属する社会主義諸国家の法律によりその内容を推し計るのが相当である。

ところで、社会主義諸国の若干の国(チエコスロバキア社会主義共和国、ポーランド人民共和国)の法律は、死後認知につき期間の制限を付することなく明文をもつてこれを認めており、また、ソビエト社会主義共和国連邦最高裁判所は明文がないのに死後認知の許されることを認めている。これらのことと朝鮮民主主義人民共和国の相続や扶養等の規定をあわせて考慮すると、嫡出でない子に法律上の父を定めることは、社会生活上も重大な意義を有し、そのことは父死亡の前後においても同じであるので、同国法上においても血統上の父子関係ある婚外子のその父に対する強制認知の請求は、父の死亡後においてもその利益の存する限り、許容されるものと解するのが相当である。

四  よつて、原告らの本訴請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、人事訴訟手続法第三二条一項、第一七条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅香恒久 川波利明 横山秀憲)

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